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2007年12月 1日 (土)

亀田大毅と朝青龍(記者会見の空虚さ)

昨日は話題の記者会見が二つもありましたね。このバツの悪い二人は言うまでもなく亀田家次男の大毅君と横綱朝青龍です。二人とも厄年であり、大毅君は天中殺中、朝青龍は逮捕された守屋元次官と同じ二黒土星で今年八方塞がりの中です。朝青龍はまだマシだったとは言え、会見の評判はどちらもあまり芳しくなく、「よし頑張れ!」とはなかなか行かなかったようですね。違うようで似たようなケース。

私はあえて言うとこの二人は置かれた環境の犠牲者だと思っています。ですからあまり本人達を責める気にはなれません。責める方が品がない気がしてしまう。本人達の浅はかな行動からきた批判は大抵その通りと思いますが、ボクシングにしても相撲にしても、スポーツなのか興業(見せ物)なのかはっきりしない部分があり、現在は特にどちらの分野も業界として大きな悩みの中だと思われるからです。

そんな指導者達がはっきりしない状況の中で、この二人がどうだったかというと、亀田大毅君はボクシングは興業(客が喜べばいい)であると、横綱朝青龍は相撲はスポーツである(強ければいい)と自らの旗色を見事なまでにはっきりと示していたと思うのです。それはそれで立派ではないかと。

むしろこの業界のお歴々やマスコミ報道などはあまりにも突然、彼等にとって苦手な要求をしたのではないか?
二人とも若く、またそもそも言われている通りにあまり人格者ではないので、突然の意外な要求のオーバーフローで病気に逃げ込んでしまってもある意味やむを得ない。二人とも全然反省していませんがそれも仕方がないでしょうね。
心から反省しろといっても、彼等にしてみれば自分の成功体験を全否定する事になりますし、そういうことはいくら若者でも相当にきついことです。そこまで悪いことをしたのかというと、そこまでの罪の意識はないでしょうからね。

それでも二人とも少なくとも形式的には謝った訳ですし、多少なりとも社会的に振る舞うことを約束して社会復帰した訳です。納得出来るかどうかは別として、これからは業界側の問題、マスコミも建設的な協力をしてあげてはどうでしょうか。

本則として単なる興業であるボクシングはまあ良いとして、国技を取り仕切り、且つ公益法人である相撲協会は力士に何を要求するのかきちんとしなくてはなりませんね。横綱の品格とは何でしょうか?また、それ以上に相撲とは何なのかを、過去の歴史をふまえた上で創造的に解決する必要がある時期に来ていると思います。

朝青龍を批判してお茶を濁していては、八百長疑惑や殺人などの数々の暗い雰囲気を払えません。今は豊かな時代に育った、しかも特別に運動能力の優れた日本人の若者が、数ある運動競技の中であえて相撲を選び入門したいと思うような、そんな相撲界を作らねばならないでしょう。そうでなければ国技としては衰退の一途を辿ります。

例えば今の時代、運動選手の肥満はどうかと思うわけです。健康問題も含めて。「ちゃんこ」という食事習慣を見直すとかはないのでしょうか?今の若者はスタイリッシュでないことにはとりあえず見向きもしません。体重そのものが本当に勝利に繋がるのか科学的に研究してみては?

まあこんなのは冗談と思っても良いが、一体どれだけ危機意識を持っているのか?私は朝青龍以上に、協会や何とか委員会のお歴々のほうがよほど不可解です。

まあ、北の湖理事長自身が天中殺の八方塞がりだったのが何ともあれですけど。

高島大鳳


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